会社ストーリー

会社ストーリー

創業

終戦後に高岡に引き上げた園直龍は、父の経営していた旅館を継がず、起業したいと機会を狙っていました。そんなころ実家近くで、めっき加工をしていた経営者が転業するため、後継者を探していました。この経営者から話を持ちかけられたときに快諾したことが、直龍がめっき一筋の人生を突っ走る第一歩目となりました。これが「園産業株式会社 北陸鍍金工業所」です。
創業者、園直龍
創業者:園直龍

東上関(通称舘川町)に新工場の建設 立山電化工業株式会社に社名変更

もともとの工場は狭く、昭和28年に東上関に工場と事務所を建設しました。富山県の霊峰立山にあやかり、まためっきは電気と化学を応用することから、昭和29年2月に「立山電化工業株式会社」に社名を変更します。業績も順調に推移し、昭和36年1月には待望の中小企業合理化モデル工場に指定され、同年6月には工場敷地を拡大しました。ところが思わぬ大災害が待ち受けていたのです。
舘川町事務所
舘川町事務所

昭和37年 めっき工場4棟を全焼

昭和37年4月23日に工場棟から出火し、木造瓦葺きのめっき工場4棟を全焼しました。この火災で、工場の生産設備の90%を消失しましたが、幸いにも事務所とクロムめっき工場が焼失を免れました。新しい工場棟が建つまで、テント張りの小屋や自転車置き場などを作業場とし、研磨作業などを続けました。同年末には消失前とほとんど同じ大きさの工場が完成し、わずか8ヵ月で不死鳥のように立ち上がったのです。しかもこのころ、直龍は電子部品や建材の亜鉛めっきの受注情勢から、次の新天地への展開を考えていました。翌年には業務拡大のため、富山市安野屋町に富山営業所が設けられます。

全焼した作業所(1)
全焼した作業所(1)
全焼した作業所(2)
全焼した作業所(2)
テント張りの作業場
テント張りの作業場

創業期のめっき業務

片原中島町のころは自転車部品、農機具部品等への防食を目的とする装飾クロムめっきでした。プラスチック形成金型硬質クロムメッキを始めたのは昭和27年ごろのことです。当時は終戦直後であり、暗い気持ちを少しでも明るくしたいためか光る製品が好まれ、青白い光沢が持続するクロムメッキの需要が多くありました。
昭和34年当時の社員
昭和34年当時の社員

中小企業合理化モデル工場の指定を受け

昭和30~34年ごろまでの加工製品としては、バスのバンパー、紡績部品、鍋つる、馬穴持手、プラスチック成型用金型等が主要加工品でした。その後、大手メーカーから油圧用ピストン棒への硬質クロムめっきの受注があり、サージェントクロム漕5,000ℓの設備を設置し、北陸では初めて大型セレン整流器(4,000A)を導入しました。亜鉛めっきでは、ショーケース補強材が多く加工されるようになりました。
昭和34年にニッケル剥離液の開発、昭和35年に黄銅品処理液および銀剥離液の開発、昭和38年に亜鉛めっきの光沢剤の開発と、相次ぐめっき技術を研究開発により完成させます。

そして昭和36年1月には中小企業庁より、中小企業合理化モデル工場の指定を受けます。当時、指定を受けている工場は全国100社余りで、当業界では当社を含めて6社でした。指定期間は2年で、審査により更新され昭和62年まで連続指定を受け続けました。
中小企業合理化モデル工場指定書
中小企業合理化モデル工場指定書

脱皮 ―中堅企業への変身―

オートバイ部品のめっき開始

昭和39年5月、赤祖父に亜鉛めっき専用工場を建設。その後、高岡駅南地区土地区画整備事業が始まり、舘川町の工場敷地が縮小されることになったことから、舘川町の工場を全面撤収し赤祖父地区に移転。昭和44年6月に、現在の本社工場敷地が最終決定しました。
亜鉛めっき専用工場
亜鉛めっき専用工場
昭和44年、大手自動車メーカーの小矢部工場建設に伴い、オートバイ部分のめっきを開始します。翌年には、当社の売上高の50%がオートバイ部分のめっきで占められました。昭和46年のドルショック、昭和48年のオイルショック時にも受注量が増え続け、当時の厳しい経済状況を乗り切ることができたのです。ただ昭和57年ごろからオートバイも輸出相手国で生産が開始され、国内での売れ行きが減少します。昭和62年12月にオートバイ部品専用の自動めっき装置を撤去しました。
オートバイ部分
オートバイ部分

離陸 ―電子部品めっきへの展開―

創業時からクロムめっきを中心に進めてきた業務も、昭和38年ごろから電子部品の受注が始まります。レベルの高い要求に対して、工程の改善や不良品の選別に、夜を徹して取り組んでいました。コンピューター製品が市場に出るようになり、ICリードフレームめっきは、昭和52年ごろから受注量が順調に伸び始めました。さらに昭和56年には北陸で初めてフープ材めっき装着を設置。昭和62年には複雑なプレス品もめっきできる片連鎖のフープ材めっきを設置し、生産能力の大幅アップが図られました。

ICリードフレーム作業風景(1)
ICリードフレーム作業風景
コネクターピンめっき装置
コネクターピンめっき装置
テント張りの作業場
トランジスターリードフレーム

昭和57年ごろより、コネクターピンのめっき注文をいただき、昭和58年には自動バレルめっき装置を設置し、量産への受け入れ体制が図られます。トランジスターリードフレームめっきや、角形チップ固定抵抗器のめっき、ダイオードのめっき技術の開発が行われました。またICリードフレーム表面処理液の開発、ICリードフレーム樹脂バリ取り方法の開発、角形チップ固定抵抗器めっき用ダミー選別機の開発などが行われ、生産設備の増設がつづきました。

公害防止

公害防止への取り組みとして、第2排水処理装置の設置が行われたのは、会社の業績も順調に伸び、3棟目(現在の第2工場)の拡張工事を行った昭和59年のことです。場所が工場前面になったのは、先代社長の「当社が環境保全に万全を尽くしている姿勢を前面に出し、地域住民の方々やお得意様に安心していただくことを第一に考える」という気持ちからです。さらに工場排水への監視が厳しくなったことから、昭和61年10月にBOD(有機物汚濁)負荷の増加への対応として、工場排水の分析項目にBODを加えます。調査研究を積み重ね、平成2年4月には、半田めっき液種の変更、濃厚廃液の外部委託処理、排水の活性炭処理などの抜本的対策を実施し、富山県のBOD上乗せ基準を完全にクリアしました。
排水処理装置
排水処理装置

QC運動推進、品質保証体制確立

昭和61年、品質管理部門を強化するため、生産部門に品質管理室を新設し、品質関連の規定類を整備し、社外の苦情処理窓口を一本化しました。それとともにQCサークル活動による勉強会で、品質管理に関する教育も始めました。また役職者以上には統計的品質管理の勉強会もスタートしました。平成6年からは方針管理を徹底するため、管理部の社員には各自の年度重点目標を持たせ、4半期ごとに実施の経過の報告を求めています。
排水処理装置
QC勉強会

創立35周年、40周年

昭和54年、会社の経営安定化と業務拡大が実現されていく中で、創立35周年記念式典が行われる。さらに事務所と工場の増築工事の完了した昭和60年、40周年記念式典が挙行された。

飛翔 ―21世紀に向けて―

昭和63年ごろより角形チップ固定抵抗器の受注量が次第に増え、新たなめっき装置の増設が必要になりました。またコネクターピンのユーザーより、線材めっきをやるようにすすめられていました。そこで富山新港臨海工業用地に新工場を建設、平成3年に竣工を迎えます。地区住民の健康を守り、快適な生活環境の保全を図ることを基本理念とした覚書が締結しました。
排水処理装置
建設中の新港工場

生産体制の強化

新湊工場では、5基のめっき自動ラインが設置され、予定されていた生産設備計画が完了します。従来のチップ固定抵抗器はメルフ形が主流でしたが、基板上への装着性が容易なことや電子部品の小型化の進行が相まって、次第に角形に移行し、大幅な伸びをみせます。
さらに新湊工場の排水処理装置は、最新の技術を取り入れBOD、COD等の生活環境についての項目を、県の上乗せ基準の1/2以下をクリアできる設備を設置するよう要請されていました。そこで、微生物による接触酸化処理層を設置することにします。

このような装置の設置は、めっき専業者では国内初でした。安全対策では、震災などで生産設備からめっき液が漏洩した場合でも全量を改修できる非常用貯留槽を完備しました。モントリオール議定書締約国の会合で、オゾン層破壊物質に指定されたトリクロロエタンは、1993年5月に全廃を達成しています。
角形チップ固定抵抗器めっき装置
角形チップ固定抵抗器めっき装置

管理技術の工場と企業体質の改善

手電気メーカーや電子部品メーカーからのQCパトロールでの指摘は、全社的組織の中で品質保証体型を構築せねばならぬということでした。そこで平成元年からTQC推進委員会を発足させ、試行錯誤を繰り返してきました。平成3年3月に銀めっき製品の受注をするにあたって、関西大手家電メーカーの工場認定が必要となりました。認定には6ヵ月近くもかかったのですが、このような認定過程で当社の品質保証体制がさらに強化されたのです。ダイオード電極めっき工程や角板形チップ固定抵抗器の品質システムの監査など、相次ぐ外国企業からの監査にも対応しています。

創業50年目の節目にあたり

中小企業といえどもISO9000シリーズの審査に合格する品質レベルにないと世間には通用しません。価格さえ満足できれば、世界のどの企業もお得意様にできるのです。当社が21世紀に向けて更に飛躍するには、県内のユーザー受注を拡大するとともに、県外への営業活動の強化が必要です。電子部品のサイズは短小軽薄になり、その生産技術はミクロン、サブミクロン単位です。不良率もPPBで論議されるようになりました。会話の中でも、信頼性工学や品質工学の用語が日常的に使われています。環境関係についても、ISO規格が制定され企業の遵守事項となるのも近いでしょう。

今後は管理技術と共に、我々自身の固有技術であるめっきを大切にし、当社独自のめっき技術を創造し、北陸の高岡に優秀なめっき工場があると言われるような企業を目指して進んでいきたいと考えています。

立山電化工業株式会社

〒933-0806 富山県高岡市赤祖父546番地

TEL(0766)22-2377 FAX(0766)25-7466

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